みんなでみんなを見守れる地域へ つながるように願って
菅谷 寛子
東近江市で、遊べる・学べる淡海子ども食堂「八日市おかえり食堂」を実施。“近所のおばちゃんのおせっかい”の気持ちで、ごはんを通じた地域ぐるみで子どもを見守り育んでいく垣根のない居場所づくりに取り組んでいます。
八日市おかえり食堂は、子ども食堂なので子どもはもちろんですが、子どもから年配者までお互い顔見知りになれる出会いの場所になればいいなと思っています。地域には独居の年配者も多いので、みんなでみんなを見守れる地域へつながるように願っています。食堂に来る子どもはボランティアに来てくれる大学生や中高生から、下は赤ちゃんまで。わが子には厳しくなるけど、不思議とよその子には優しくできるんですよね。お互いさんで育て合っているような環境ができています。
スタッフの肩たたきを毎回「仕方ないな」と言いながら、スキンシップをとってくる子、憎まれ口をたたきながら、きつめのちょっかいを出してくる子、スタッフの気持ちを確かめるような行動もありました。小学生だった子が今、中学生になってボランティアとして来てくれるようになっています。継続しているからこそ見える愛おしい子どもたちの姿です。子どもたちって、同じ火種でもボキッと折れる子もあれば燃えていても別にどうってことない子もいます。しんどさの度合いは、それぞれの心のなかの感じ方で、外から見えることではないんです。そっと近くに来る子が何か思っているのかなぐらいは感じますが、それで何かを解決できるわけではないので、「本当にどの子も、どうぞ紛れて来てね」という気持ちでいます。
さっきのお話にも出てきた共生社会、「認め/認められ」という観点では、私たちも初めは、子どもたちが自分の存在意義を感じられるような居場所にしようとすごく意気込んでいました。お手伝いとか積極的に声をかけていたのですが、だんだんわかってきたのは、ひとり親や共働きのおうちの子どもたちは、もう十分家のことをしている。そしてそういうおうちに限らず、今の子どもたちは何かと忙しい。おかえり食堂で条件つけて「偉いな」「賢いな」って伝えることもいいのかもしれないけど、無条件で受け入れて、「よく来てくれたね。待ってたで」って。私たちのところはおかえり食堂というんですが、「ただいま」って来てくれる子に、「おかえり」って迎え続けることが大切なのかなと感じています。
「環境がつくれへんような親が悪い」とか「そんなん行政の仕事やのに、あんたら子ども抱えてやらんでいいで」っていう声もあります。私たちのことを思ってのことですが、私たちはやれる人がやればいいのかなと思います。県内の子ども食堂交流会で100を超える子ども食堂の方々に出会い、その数のさらに何倍もの、携わっておられる方たちの気持ちに触れるだけで本当にすごいパワーをいただいています。この思いのある人たちが途切れずに居場所をつくり続けるということと、私たち自身もこの居場所を続けていくために自分たちに何ができるかなと、常に考えています。
地元の民生委員さん、主任児童委員さんは気になるおうちに私たちのチラシを手配りしてくださるなど、大きな協力を続けてくださっています。縁センターの助成終了後も活動を継続するため、今、資金獲得にもチャレンジしていますが、何よりひとりでも多くの方に活動を知っていただけるようにとチラシを届けています。